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福岡高等裁判所 昭和38年(ネ)413号 判決 1963年10月16日

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用及び認否は、原判決事実摘示の通りであるから、これを引用する。

(但し原判決三枚目表末行目及び四枚目一行目に「下川チサト」とあるのは「下川チサトこと千里」と改める。)

理由

被控訴人所有にかかる原判決別紙物件目録記載の土地及び建物につき、福岡法務局柳川支局昭和二十九年十二月七日受付第三、六六六号をもつて、同月六日付根抵当権設定契約に基づき債権者を控訴人債務者を被控訴人の実兄訴外富安治人とする債権元本極度額金七十万円の根抵当権設定登記がなされていることは、当事者間に争のないところである。

被控訴人は「右根抵当権設定登記は訴外富安治人が甘言を弄して被控訴人からその印顆を預かり、右印顆を冒用して直接被控訴人名義をもつて根抵当権設定契約書及び登記申請委任状を作成し、訴外下川千里を代理人として登記を申請させた結果なされたものであつて、すべて被控訴人の意思に基づかないものであるから被控訴人に対してその効力を生ずるに由なく、又控訴人はこれらの行為につき右富安が被控訴人の代理権を有しないことを知悉しており、仮にこれを知らなかつたとしても、代理権を有するものと信ずるにつき正当の理由がない」旨主張し、一方控訴人は「右根抵当権設定契約及びこれに基づく根抵当権設定登記は富安が被控訴人の代理人として適法有効にこれをなしたものであり、仮にこれらの行為につき富安が被控訴人の代理権を有しなかつたとしても、民法第百十条の表見代理の法理により被控訴人に対しその効力を有する」旨反論するので、以下この点につき考察するに、成立に争のない甲第一号証の一ないし三、同第二、三号証の各一、二、同第四号証の一、二、同第七号証の一、二、同第八号証の一ないし四、乙第三号証の一、二、同第五号証の一ないし三、同第六ないし第九号証の各一、二、原審証人富安治人同下川千里の各証言並びに原審における被控訴本人尋問の結果(但し甲第四号証の二、乙第五号証の三、同第六号ないし第八号証の各二及び富安証人の証言中後記の措信しない部分を除く)を綜合すれば、次の事実を認めることができる。すなわち

被控訴人の実兄訴外富安治人はかねて土建業を営んでいたが、昭和二十七年頃訴外柳川信用金庫から数回に亘り合計金二十五万円を借り受け、被控訴人は右債務につき連帯保証をなすとともに、自己所有の不動産につき同金庫のため極度額金二十五万円の根抵当権を設定していた。ところが右富安は営業不振のため弁済期に至つても右債務を弁済することができず、同金庫より抵当権の実行のため競売申立がなされたので、該競売を免れるため、種々金策に奔走した揚句、訴外栗原貞雄の仲介で控訴人から一時融資を受けて、同金庫に対する債務を弁済することになつた。そこで富安は競売期日である昭和二十九年十二月六日被控訴人に対し、控訴人から融資を受けること並びにその際被控訴人を連帯保証人及び抵当権設定者とする意図を有することを秘し、単に「他から融資を受けて金庫に対する債務は弁済できることになつたので、根抵当権設定登記を抹消する手続をするから、被控訴人の印顆を貸与されたい」旨虚言を申し向けて、その旨被控訴人の了承を得、被控訴人よりその実印を預かつた上、被控訴人の妹であり、且つ富安の妹でもある訴外小之原タケヨをして自己及び被控訴人の印鑑証明書の下付を受けさせた。そして更に同日富安は、当時控訴会社の柳川支店長であつた訴外福山茂及び前記金庫の職員訴外、中川等と司法書士訴外下川末吉方に相会し、その席上に前記タケヨをして被控訴人の実印及び印鑑証明書を持参させた上、被控訴人には無断でほしいままに被控訴人の実印を使用し、直接被控訴人名義をもつて、被控訴人を連帯保証人とする金員借用証書、原判決別紙物件目録記載の土地及び建物に対する債権元本極度額金七十万円の根抵当権設定契約書並びに前記下川司法書士の子である訴外下川チサトこと下川千里に右根抵当権設定登記申請を委任する旨の委任状をそれぞれ作成し、控訴人から金五十五万円を借受け、その内から前記金庫に対する債務を弁済し、且つ同金庫のため設定された根抵当権設定登記を抹消した。しかして前記の席上福山は、被控訴人の実印及び印鑑証明書を持参した前記タケヨに対し、被控訴人本人であるかどうかを確かめるため富安の妹であるかどうかを確かめたところ、富安等においてこれを肯定したため、被控訴人が富安の妹であるところから、タケヨを被控訴人自身であると誤解し、前記金員の貸借及び根抵当権の設定は、すべて被控訴人の意思にしたがつて富安がその代理人として行なうものである、と確信するに至つた。斯くして冒頭掲記の根抵当権設定登記は、前記下川千里が富安の作成した前記登記申請委任状により被控訴人の代理人となるとともに、控訴人からも登記申請の委任を受け、双方の代理人として登記を申請した結果なされたものである。甲第四号証の二、乙第三号証の三、同第四号証の二、同第五号証の三、同第六ないし第八号証の各二、及び富安治人の証言中右認定に牴触する部分はいずれも措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。以上の事実によれば、富安のなした前記根抵当権設定契約の締結及びこれに基づく登記申請委任状の作成は、同人がこれらの行為につき被控訴人の代理権を有しないのにかかわらず、代理権を有するもののように装つて被控訴人名義でなしたものであつて、被控訴人の意思に基づかないものであるということができるのであるが、しかし富安は右に認定した通り、前記金庫に対する債務を弁済し同金庫に対する根抵当権設定登記を抹消する手続をなすについては被控訴人より代理権を授与されており、この権限を越えて控訴人との間の前記根抵当権設定契約を締結し且つその登記申請に協力する関係において前記登記申請委任状を作成したものである。そして被控訴人は、前記金庫に対する富安の債務についてはその連帯保証をなし且つ自己所有の不動産につき根抵当権を設定することを了承しており、しかも富安の控訴人からの金員借用は、右金庫に対する債務を借り替える趣旨をも包含している。又被控訴人は富安の甘言に乗ぜられたとはいえ、自己の実印を同人に託してその使用を許諾しているのみならず、更に本件契約の締結にあたつては被控訴人の妹である前記タケヨがその席上に出入し、面識のない第三者をして同女があたかも被控訴人であつて、本件契約の締結を了承しているもののように誤解させるに十分な様相を呈していたのである。以上のような状況の下にあつて、控訴人の代理人である前記福山が富安は本件根抵当権設定契約を締結し且つその登記申請に協力する行為についても被控訴人の代理権を有するものと信じたのは、まことに無理からぬところであつて、結局これらの行為についても富安に代理権があると信ずべき正当の理由があるといわなければならない。したがつて本件根抵当権設定契約は被控訴人に対して、その効力を及ぼすものであり、又被控訴人は控訴人に対し、本件根抵当権設定登記の無効を主張してその抹消を請求することはできない、というべきである。登記申請行為自体が公法上の行為であることは、右結論を左右するものではない。

しからば本件根抵当権設定登記の無効であることを理由として、控訴人に対しその抹消登記手続を求める被控訴人の本訴請求は、爾余の争点について判断をなすまでもなく失当としてこれを棄却すべく、これと趣旨を異にする原判決は取消を免れない。

よつて民事訴訟法第三百八十六条、第九十六条、第八十九条を適用して主文の通り判決する。

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